明智光秀の桔梗紋 旗揚げに思う

綾部の文化財日誌にききょうの里・明智光秀公の首塚のある谷性寺の訪問記を載せたところ、文化財掲示板にいつもコメントをいただいている「まり姫さま:http://blog297.blog113.fc2.com」から、「私の一族(土岐氏一族の末裔ということになってますけど・・)の家紋は桔梗です」のコメントで「桔梗紋」についてヒントをいただいた。

それで「明智光秀の家紋:桔梗紋」についていろいろと調べた。以下その報告をする。

谷性寺の明智山門に彫られた、明智光秀の家紋とされる「桔梗紋」の写真を撮り損ねたので、パンフレットや谷性寺のホームページを探したが「光秀の家紋・桔梗紋」として載ってない。と云うよりも、沿道に建ち並ぶ見慣れた桔梗の紋がそれだと判明した。
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沿道に立ち並ぶ桔梗色の旗と桔梗紋
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明智光秀の桔梗紋
光秀の家紋・ききょう:家紋のききょうは古名を「おかととき」という。源氏をルーツとする大名・土岐氏は古名に因んでこの花を家紋とした。光秀はこの土岐氏の流れをくむとされる。

ききょうの里のパンフレットより、
「時は今なり桔梗の旗あげ 丹波かめおか光秀物語 ききょうの里」
備考:『時今也桔梗旗揚』(ときは いま ききょうの はたあげ)は歌舞伎の演目。 時=土岐の意とも・・
また光秀=天海僧正説もあるそうです

<歴史門外漢のお粗末な疑問>
明智光秀に源氏の末裔としての自覚が底流にあり、桔梗の旗あげとなったのなら、NHKの大河ドラマ・清盛で現在進行中の平治の乱の源義朝の行動と重なる。歴史は繰り返すと云うが、背景をなす状況は多少異なるとは云え、同一のシチュエーションを明智光秀は本能寺で繰り返したと思われる。源義朝と明智光秀の最期を見れば、先の結果から歴史に学べなかったのだろうか?

谷性寺参拝に続き かめおか光秀物語・ききょうの里2 篠葉神社http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1401.html を観たあと
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美しく咲きそろう「ききょうの里」を後にして車を走らせ、小雨の中を湯の花温泉方面から出て国道9号線を走り、
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行きにもトイレ休憩で寄った道の駅:丹波マーケスに寄った。明日の七夕祭りを前に店内ロビーに飾られた七夕短冊
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店内のフード・ショップのシン・サン・カレーで「カツカレー」と家内は揚記らぁめんで「ラーメン」を食べる
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カツカレー
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スーパーマーケット・サンダイコーで食材の買い物
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サンエトワールでパンを買う。帰ると綾部は晴れていた


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by nbcayabe | 2012-07-09 15:42 | 文化財研修記